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PS理論?

2010年06月22日 00:49

PS理論とか言う妙なものがあるらしい。
オイラーの公式の実数項が現実世界を表し、虚数項が観念的世界、霊性の世界、超越的・精神的世界なんかを表すんだそうな・・・orz

http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100094987564

虚数が非実在の観念の世界を表すなんて考えは、何とも単純で失笑ものなんだけど、数学や物理を知らない人には案外取っつきやすいのでしょうか?

でも、虚数に限らず、マイナスの数なんかも実は存在しない数字です。
存在はしなくとも、導入した方が遙かに計算が便利になる。そのために使われている数字です。

で、オイラーの公式自体は、複素関数論の基礎中の基礎で、証明自体は級数展開すればすぐにできます。
つまり、表現法が違うだけの等式です。
では、何が便利なのかと言えば、フーリエ変換やラプラス変換、量子力学などの計算を簡単にする効果があります。三角関数の複素数でも表現できるでしょうが、指数関数表現に変えると式や計算がずっと簡単になるのです。

特に、フーリエ変換やラプラス変換は、信号処理のために色んな所で沢山使われていて、FFTなどの高速処理のアルゴリズムを求める際などには、この指数関数表現がとても便利なのです。

で、このPS理論とやらは、オイラーの公式を基礎にするとか言いながら、実は何もそのPS理論とやらには使われていないように見えます。
一番笑わせていただいたのは、

>e^iθ-isinθ⇒cosθ
>(⇒は次元の違いを表す。)と変形しておきます。
>何故、変形するのかですが、iのある部分と無い方に分離するためです。

この人、公式の意味が分かっているのでしょうか?
公式とは、左辺と右辺が同じと証明されているということです。
実際私でも、その証明はできます。

つまりe^iθ-isinθ=cosθは、(1+i)-i=1のような等式です。
左辺には虚数部表現はありますが、虚数成分は打ち消されてゼロなのです。

>i は虚数であり、想像上の数字ですので、iのある左辺は、まさに、そうした観念的世界、霊性の世界、超越的・精神的世界を代表させるのに都合が良いのです。
>当然、右辺=コサイン波は物質、現象世界に対応することになります。

アホ!と言わせていただきます。
この式は等式ですから、左辺と右辺は同じcosθです。

この人の言葉を借りれば、「観念的世界、霊性の世界、超越的・精神的世界は、消え失せている」のです(爆

<追記>
他にも、デタラメが沢山出てきます。

> πを0度とすると、電卓をたたくまでもなく、cos(π)=1、sin(π) =0です。

π(radian)とは、角度(degree)で180°の事。固定の値です。勝手に別の値にしないでください。
ですから、cosπ=-1、sinπ =0 となります。

> 従って、e^iφ-isinφ⇒cosφ=+1となりました。

なりません。そもそも矢印が意味不明 orz.

こんなデマもあります。

> このネイピア数eが、実は、最も身近な生活に関係しているのです。それが金利です。銀行にお金を預けていると、少しは複利で貯金が増えます。実質金利ゼロでは、すずめの涙ほどですが。
> それでも、少しずつ少しずつ、貯金額は増えていくのです。これが魔法みたいなのですが、これを長期的に見る、つまり、数学的にいえば「無限大に引き伸ばす」と、最初に預けていた額の約2.7(=e)倍にまで増えるのです。

嘘つけ!
年金利1%でN年後には、(1.01)^Nとなる。
つまり、50年後には約1.64倍、100年後には2.7倍・・・で、200年後には7.3倍、そして1000年後には20959倍になる。
まさかこの人には「無限大」が100年後なのか?

これも酷い。
>どうでしょうか。自然界には、こうした曲線が多いのです。ネイピア数eは曲線を作るのです。富士山の稜線は「指数曲線」の形をしています。北斎の「凱風快晴」の富士も見事に指数曲線に一致しています。

自然には指数曲線を描くものが多いということと(それには理由がある)、自然対数e自体とは何の関係もありません。「ネイピア数eは曲線を作る」というのは、意味不明です。

指数関数の底が、eであらねばならない理由はどこにもありません。2でも10でも構いません。
ただ、eだと計算が楽な場合が多いので、よく使われているだけです。

こんな明らかなデマで構築された論理とすら呼べないような代物を信じてしまう人が生まれないようするにはどうすればいいのか?
この国の科学リテラシーをもう少しまともにするには何が必要なのか?
ここらで冷静に分析する必要があるのかも知れない。

芋虫の進化

2010年05月22日 20:00

庭のムベにやってきたアケビコノハという蛾の幼虫。
危険を感じると、このようにファイティングポーズを取る・・・といっても、じっとしているだけだが・・・
私的にはかわいいので、特に駆除はしない。
ドクガやイラガは別だが・・・

アケビコノハ

どうしてこの様なポーズを取るようになったのか?
どうしてこの様な目玉模様を持つように進化したのか?

芋虫一匹でも、尽きない面白さと不思議がある。

鳥を脅かすためじゃないの?
と思われる方は、進化論の理解から言えば順番が逆だ。

現在の進化論の理解では、偶然目玉模様を持った個体が、持たない個体よりも生き残りやすかった。
結果として、目玉模様の遺伝子を持つ種として現在も生き残っている。
という理解だと思う。

つまり、目玉模様を意図して付けたわけではなく、最初はあくまで偶然に生まれた。
他にも色んな模様を付けた個体も、偶然生まれは消えていったのだ。
そして、今でも少しずつ違う模様を身につける個体が生まれ続け、遺伝子の生存競争は続けられているのだろう。

ちなみに、これの成虫は、羽を閉じるとまるで木の葉のようになる。
アケビの仲間に来る木の葉のような蛾ということで、アケビコノハとは見事な命名だ。
この進化も、むろん偶然の積み重ねの結果である。



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