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裁判員制度開始から一年

2010年05月21日 23:45

本日で、裁判員制度が開始されてから一年となった。

今年3月末までに、444人が既に裁判員制度で裁かれ、3594人の国民が裁判員・補充裁判員として参加した。
裁判員に行ったアンケートでは、96・7%が「よい経験と感じた」と回答している。選ばれる前に「やってみたい」と思っていた人が30・1%にすぎなかったようなので、実際に参加することで裁判への意識が変わった人がかなりの数にのぼることが分かる。また、現行制度の不備への意見も色々と出てきているようだ。

私が裁判員制度に賛成する最大の理由は、市民が裁判に主体的に関わることで、裁判を市民の手に取り戻すこと、市民的議論の対象にする事だったので、概ね思った通りの傾向で出ているようで喜ばしいと思う。

ただし、これまでは無罪を主張している事例や死刑求刑案件はまだ裁判員裁判では行われていない。
しかし、今年はそうした裁判も始まるだろうから、今年こそが裁判員制度の本当の開始年と言うべきなのかもしれない。

かねてより、裁判員制度になっても冤罪は無くなりはしないが、絶対に増えることはないと宣言していたが、恐らく無罪比率は以前よりも増えるだろう。それ以前に、そもそも負けそうなら検察もムリに起訴しないケースが増えてくるかもしれない。

一方で、死刑判決は当分は増える可能性がある。

しかし、以前にも述べたように、死刑制度と裁判員制度は、決して共存できるはずがないと自分は考えている。
なぜなら、一般人に、犯罪者とはいえ、赤の他人の生き死にを左右させる判断を強いるなんてのは、明らかに人権侵害だと思うからだ。仮に、死刑執行後に実は真犯人ではなかったと分ったり、その疑いが浮上した場合に、裁判員を務めた人の精神的苦痛は計り知れないものとなる可能性がある。自分は殺人に手を貸してしまったと傷つき、思い悩んでしまうかもしれない。

しかし、これらの問題は、裁判員制度が始まる前は我々から隠されて見えなかっただけで、以前から厳然としてあったことである。こうした問題が表に出て、死刑廃止を含めた抜本的裁判制度改革の議論に繋がっていくことを、私は願っている。そして、それこそが、山ほどの欠陥を承知の上で、裁判員制度導入に賛成した最大の理由なのだ。


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