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裁判員制度考(1)

2009年12月11日 00:51

プロフィールを見ていただいたら、だいたい左翼的な考えをしていることは分かっていただけると思うけど、そのなかでちょっと異質なのは裁判員制度と臓器移植法改正に賛成していることでしょうか?

なぜか、左翼の皆さんは、どっちも反対の方が多い様に思います。国が進める事には必ず「悪意があるに違いない」と決めつけているように「邪推」しています。(笑

そこで、なぜ左翼の私が裁判員制度に賛成するのか?について、少し述べてみたいと思います。

実は、参審制度の一つである裁判員制度よりも、アメリカのような陪審制度の方をこそ望ましいと思っています。また、現行の裁判員制度の問題点も山ほど知っていますので改善はむろん要求してますが、しかし、それでもなお、以前の制度よりはずっとましだと思っているので導入には賛成しました。

では、なぜ以前の制度よりはマシと考えているのか?ですが、大きく以下の2つの理由があります。

1.裁判への市民参加を認める事は、より民主主義的な発展を意味する

戦前の一時期に陪審員制度が日本でも実施されていた事をご存じの方は少ないようだけど、その時期を除いて、日本では、一般の国民が裁判に参加する制度を持っていなかった。で、実は先進国で、そのような制度を持たないのは日本ぐらいであり、実は世界でも珍しいのです。裁判への市民参加は世界の常識なのです。

よく、裁判官は専門家なんだから、素人の市民になんか負担をかけなくても、それで飯を食ってる専門家に任せておけばいいじゃないか、という意見を見かけます。でも、この司法権は、立法、行政の権利と共に憲法の定める3つの権力の一つです。他の2つには、参政権などの国民の意思を反映するシステムが出来ていますが、どうして司法権だけが、国民が参加する必要がないのでしょう???変ですよね。だからこそ、他国では司法権への国民の関与が当たり前なのです。

この、司法権という三大権力機構の一つにも国民が参加するのは、民主主義の要請であると私は考えます。つまり、プロにだけ任せていては、私たちの民主主義はより発展できないと考えます。

そして、国民が司法権に参加することによって、司法の仕事への市民の理解を深める効果が期待されるし、そうした国民が増えると、裁判が国民の意識や常識に近づく効果も期待できる。つまり、この国と国民の民度を高めるため、司法制度をより国民に近い制度にしていくためにも、国民の司法権への参加=民意の反映が重要であると考えるのです。

2.現状の司法が死んでいる状況を打破しうる制度である

よく、裁判員制度になったら冤罪が増えるのではないか?と危惧する方がいる。
確かに、裁判員制度でも冤罪は完全には防げない。
しかし、断言する。裁判員制度に代わっても冤罪は絶対に増えない。必ず減るだろう。
それは、現在は起訴されれば99.9%が有罪となり、起訴=有罪だからである。世界中どこの国でも、参審制を採っている国では、そんな高い有罪率はあり得ない。裁判員制度を導入すると、99.9%の有罪率は維持できるはずがなく、無罪率が必ず増えるでしょう。つまり、冤罪が増えることは絶対にない。
こうした、これまでの専門家による最初から有罪と決められたレールを運ぶだけの裁判からの脱却が期待できるのです。

<続く。。。多分>
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