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ハイチ地震 救援関連情報

2010年05月01日 00:00

2010年1月12日に発生したハイチ地震の救援に関する情報を集めています。
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絆を強めよう

2010年02月22日 15:27

 CODEからハイチに派遣されているクワモテックさんの報告には、いつも心が激しく揺さぶられます。あの悲惨な被災地で、人間の本質、その素晴らしい可能性を見ているような気になります。阪神淡路大震災の時にも、悲しみを抱えながら助け合う被災者と献身的な活動をされるボランティアの姿に、同じような気持ちになりました。

彼や彼の仲間たちの活動には、敬意と感謝と連帯の気持ち一杯詰まったエールを送りたい。

以下、CODEの募金先です。
よろしかったらご協力をお願いします。
また、クワモテックさんへの応援メッセージは村井事務局長まで送ってください。

 

ハイチ地震救援募金にご協力下さい
郵便振替:00930-0-330579 加入者名:CODE
*通信欄に「ハイチ」と明記してください。
募金全体の15%を上限として事務局運営・管理費に充てさせていただきます

被災地NGO恊働センター 代表
CODE海外災害援助市民センター 事務局長・理事
村井雅清(むらい・まさきよ)
e-mail:murai@code-jp.org

 

2月12日のメールでお伝えした通り、地震から1ヶ月の追悼記念日を迎えました。政府は金曜、土曜、日曜と3日間を国家敵な追悼の日としました。

従って午前中、私は「Petit Riviere」と呼ばれるコミュニティにモバイルクリニックを設置しに行きました。数メートル離れた場所で治療が行われている間、地域の人達は地元の教会(教会の残骸というべきか)に集まり、祈ったり賛美歌を歌ったりしていました。どこに行っても皆同じようにしている様はとても感動的でした。早朝6時に、隣の養護施設の修道女が歌い始めました。近隣のキャンプでも歌が始まりました。どこも感動的な雰囲気で、人々は祈り、愛する人を偲んで泣き、歌い、互いに支え合っていました。何か信じられないような気持ちになり、たいへん興奮しました。

午後にはコロンビア赤十字にいる私の友人が訪ねてきて、子ども達に物資を届けてくれました。そこで私は彼らを町にある3つの孤児院に案内しました。最初の孤児院では、子ども達は笑顔で迎えてくれました。次の孤児院に行くと、子ども達は中庭に集まっており、自分たちの体験を語り合ったり、歌ったり遊んだりするセッションを行っていました。車椅子に乗った6歳の女の子が前に出てくると、皆素晴らしい歌を歌い始めました。その女の子が生き続けるのを励ます歌なのです。なんて感動的なのでしょう!

最後に3つめの孤児院に行きました。ここは女の子の孤児院です。私たちが積み荷を下ろしていると、突然、女の子達が全員、フランス語で美しい歌を歌い始めました。歌はこんな意味のようです。「ありがとう、ありがとう、私たちを支援してくれてありがとう。太陽の光で私たちを照らしてくれてありがとう。生きる希望を取り戻させてくれてありがとう。暮らしに喜びをもたらしてくれてありがとう……」言い表せないほど心を揺さぶる光景で、コロンビア赤十字の友達も、私も涙が止まりませんでした。

胸がいっぱいになったまま、私はキャンプに戻りました。本当に特別な日でした。言葉でこの感情を全て表すことは難しいですが、挑戦しています。

このような状況の中、ハイチで暮らすことは容易ではありません。どこに行っても破壊と痛みだらけです。しかし、復旧活動に励んでいる人々の姿もまた感じさせるものがあります。ハイチの人々は、ここで働いている海外の団体に対してとても感謝されています。

2人の子どもを亡くされた女性が私にこう言いました「地震は私たちに大きな不名誉と痛みをもたらしました……しかし、良いこともあります。あなたがここに来てくれたことです!」
小さな女の子が言いました「ここに来てくれてありがとう。今日天使に会えて、ずいぶん元気になりました。あなたに会えて良かった!」
子どもが言いました「私の周りにあるもの全てを誰かが全てを黒く塗りつぶしたような気持ちでした。全て真っ暗でした。でも、あなたは私の暮らしに色を取り戻してくれたのです」

そう、ここには痛みがあります。復興は長い長い道のりですが、CODEのおかげで、そして全てのNGOのおかげで、日本の方々のおかげで、ハイチと一緒に活動している世界中の皆のおかげで、今、希望が戻ってきているのです。

この絆を強めていきましょう。それが良い効果を生むのです。絆が魂を癒し、希望をもたらしてくれます。結束した活動は、他者への、そして自分自身への愛の表現となります。絆を大切にし続けましょう。

クワテモック

ハイチ地震(4)

2010年02月04日 17:58

CODEの村井さんから、現地に入っているクワテモックさんからのメールの転送していただきました。
そのあまりの深刻さに愕然としてしまいました。
これは皆さんとシェアしなければと思い、アップします。

なお、これまで配信されたハイチ地震救援ニュースは、こちらで全て読めますので参考になさってください。

被災地レオガンに入っているクワテモックからメールが来ました。停電があり、通信事情が劣悪な中で、わずかなチャンスを得てCODEに配信して下さいました。ここ2日~3日はメールが止まっていたので、今日4日11時頃(現地時間3日21時 )に電話を入れて元気であることを確認しましたが、その直後のメールです。


親愛なるCODEのみなさんへ

皆さんからついさっきお電話をいただけまして、とても嬉しいです。今回は、今までの救援活動と違ってかなり難しいです。その破壊は想像を超えています。津波の場合は、破壊は大きかったですが、海の周辺地域だけでした。ハイチの破壊はあちこちにあり、海の近くも遠くも小さなコミュニティーも都市も、全てが破壊されています。
私が見た破壊は言葉で表現することはできません。おそらく我々はこの巨大な破壊を言葉で説明することはできると思いますが、被災された人々、孤児たちや未亡人たち、そして愛するものを失った人々の痛み、失った家、失った仕事、彼らの生死の境目・・・それらを表現する言葉は見つかりません。国家の象徴であった国家宮殿、大聖堂は、そこら中の何千の家々や建物と同じように崩れ去りました。

アメリカ大陸の最も貧しい国、そして世界で最も貧しい国の一つでこのような事態が起きてしまったのです。ですから自然災害に、このような地震の結果を説明するために、これら人々の極度の脆弱性を加えなければなりません。国連事務総長の言葉に「世界は第二次世界大戦以来の最悪の惨事を目撃している」とあります。私はレオガンを選びました。ポルトープランスを訪れ、そしてレオガンに来ました。ポルトープランスにも巨大な破壊があり、おそらく50%が破壊されたでしょう。
キャンプやテントがあちこちにあります。それがこの国の首都の状態であり、それゆえに多くのNGOや国連がそこに注目しています。しかし震源はレオガンであり、約80%が破壊されているのです。ですから、私はこの場所を選び活動しています。発電器によって電気が点いた瞬間を逃さず、ドイツ人の友人の好意で無線LANに接続するパスワードを貸してもらっています。明日、あなたにこのようにメールを書くチャンスがあるように祈っています。

クワテモックより



彼のメールにある「世界は今、第二次世界大戦の惨状と同じ光景を見ている」というフレーズは、2004年のインド洋地震津波災害のときにも確か同じような表現を聞いたことを思い出しました。残念ながら一国の被害では過去最大の惨事ではありますが、2004年の津波災害の犠牲者22万人を上回りそうです。
あらためて、亡くなった方々のご冥福を祈ります。

ハイチ地震救援募金にご協力下さい
郵便振替:00930-0-330579 加入者名:CODE
*通信欄に「ハイチ」と明記してください。
募金全体の15%を上限として事務局運営・管理費に充てさせていただきます

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被災地NGO恊働センター 代表
CODE海外災害援助市民センター 事務局長・理事
村井雅清(むらい・まさきよ)
e-mail:murai@code-jp.org

ハイチ地震(3)

2010年01月21日 18:07

#CODEからのレポート No.7, No.9を追加しました。

以下、CODEからです。
色々な団体が多面的な支援を始めていることが分かります。
これらの団体にも、皆さんのご支援をお願いします。



ハイチ地震レポートNo.7 (1/20)

15年前の阪神淡路大震災を目前に起きたこのハイチでの大地震ですが、阪神地区で活動するひとりのハイチ人のアーティストの方が立ち上がりました。
壁画家ヒューズ・ロジャー・マシュー(Hugues R Mathieu)さん(37歳)は米国籍ですが、ハイチの両親の下で13歳まで首都ポルトープランスで育ち、92年からニューヨークでの芸術活動を経て、03年来日し、日本とハイチの文化を融合させた作品を創作しています。ハイチには親類が30人以上いるそうですが、未だ消息が不明だそうです。
マシューさんは17日にウェブサイトを立ち上げ、募金活動を開始しました。

(以下 ウェブサイト レスキューハイチより)

私は日本に住みながら、ハイチと日本の架け橋を作ろうと努めてきました。
ハイチは私の両親の生まれた国、私の幼少期の美しい記憶が詰まった国、その国にあのかつて神戸にもおきたような大きな被害がありました。このハイチでおきた、とんでもないニュースを今朝聞きました。私はとても悲しくなり、同時にこの国のために私に出来る事を考えています。
私は、日本の皆様がハイチの事を思い、祈ってくださることを願っています。私は、今すぐにでも政府を挙げて全力で、ハイチに援助をいただけるよう鳩山氏にお願い申し上げます。この震災は、地震をよく経験している日本の方々が、一番よく理解できることと思います。私はすぐにこの震災におけるハイチへの援助用に寄付金を募るための口座とウェブサイトを開設します。私はすぐに私のアートを使ったチャリティイベントを開催します。今、ハイチに飛んで行く事は出来ませんが、被災者のために私ができる最善を尽くしたいと思います。そして是非この私のハイチへの活動を世間の皆さまに広めるためにご協力いただけましたら、非常に心強く思います。どうぞよろしくお願いいたします。

ヒューズ ロジャー マシュー       

ウェブサイト:レスキューハイチ http://www.art-hrm.com/haitiearthquake/ 
問い合わせ:サロン「ポルトープランス」(兵庫県芦屋市)0797-32-6600



ハイチ地震レポートNo.8 (1/21)

今、ハイチに必要な支援は多くの人々の多彩な支援です。
ハイチ大地震に対する世界各国の関心の高さから救援チームが続々と現地入りしています。
日本もJICAの緊急援助隊を始め、NGOもすでに現地で活動を始めています。各団体の支援状況を以下に示します。

(医療活動)
*JICA(緊急援助隊医療チーム) http://www.jica.go.jp/
LEOGANE(首都ポルトープランス西40km)の看護学校を拠点に18日より重傷者を優先的に診療開始。

*AMDA  http://amda.or.jp/articlelist/index.php?page=article&storyid=62 
SAINT-MARC(首都より北に60km)を拠点に18日から活動開始。
スタッフ2名派遣

*ADRA  http://www.adrajpn.org/ 
首都ポルトープランスのハイチアドベンチスト大学に仮事務所を設置して活動

*国境なき医師団(MSF) http://www.msf.or.jp/
首都、LEOGANEなど数か所で展開

*ジャパンプラットフォーム http://www.japanplatform.org/top.html
ワールドビジョンに助成決定。

*日本赤十字  http://www.jrc.or.jp/foreignrescue/l3/Vcms3_00001455.html
16日に先遣隊が現地に到着し、国際赤十字と調査開始。
19日には医療チームが到着。
(国際赤十字)  首都の空港をベースキャンプに医療活動。
(ハイチ赤十字) 首都郊外のPENTIONVILLE(サンピエール広場)で応急処置

(救援物資配布など)
*JEN  http://www.jen-npo.org/ 
スタッフ3名、17日にドミニカ入り。救援物資の配布

*ワールドビジョン・ジャパン http://www.worldvision.jp/ 
17日スタッフ1名ハイチに到着。約40名の国際スタッフとニーズ調査。
ドミニカの国境の町JIMANIに配布拠点を設置。救援物資を2000人に配布。

*CARE  http://www.careintjp.org/ 
CAREハイチの倉庫から高タンパクビスケットなどの食糧や水浄化剤を配布。

*プラン・ジャパン http://www.plan-japan.org/topics/100113hait-eq/index.html
アメリカ、ドミニカ、ハイチのスタッフからなる緊急人道支援チームが、南部JACMELの3ヵ所で1000人の避難所を設置。救援キット、食糧配布。

*AAR(難民を助ける会) http://www.aarjapan.gr.jp/index.htm 
現地にスタッフを派遣し、物資配布。

*ピースウィンズ・ジャパン http://www.worldvision.jp/ 
18日に日本人スタッフ出発。PWアメリカのスタッフと合流後、テントの配布を検討。食糧や医薬品配布の可能性もあり。

*NICCO(日本国際民間協力会) http://www.kyoto-nicco.org/
19日~16日間スタッフを派遣。ドミニカを拠点に食糧など配布。シェルター、水、衛生のニーズ調査。

*グッドネーバーズ  http://www.gnjp.org/ 
17日首都に到着。韓国、アメリカからスタッフを追加派遣。
治安状況を見て、食糧、水、医薬品、テントなど配布。

(その他)
*ハイチ友の会(山梨)
http://friendsofhaiti.home.mindspring.com/j_new/index.html
義捐金を募り、他の緊急救援のNGOに寄付。(*雇用創出や就学支援のNGO)

*ハイチの会(名古屋)
http://www.janic.org/directory/directory_search_detail.php?id=261
現在、募金活動中   (*農村開発、教育支援のNGO)
*ハイチの会セスラ(横浜) http://www.haitinokai-cesla.com/ 
義捐金の募集など    (*ハイチの子ども達への教育支援の会)



ハイチ地震レポートNo.9 (1/22)

20日午前6時 M6.1の余震(首都ポルトープランスの南南西約60kmが震源)が起きました。12日の地震以後、最大規模の余震ですが、この余震による被害は未だ不明です。
このように日々、過酷な状況な中、明るい話題もあります。
19日、地震から7日ぶりに12歳と7歳の姉弟が救出されました。また、20日にも5歳の男の子と11歳の女の子が8日ぶりに救出されたそうです。以下のレポートでも高齢者の方も救出されたと出ています。生命の力を感じずにはいられませ
ん。

以下、クワテモックさんレポート(メキシコ時間1/20 10:30 日本時間1/21 1:30のメール)

今朝、大きな余震があったと、ハイチ訪問準備中に聞きました。余震はマグニチュード6.1で、生存者がパニックを起こしました。ほこりが舞い上がっており、それがさらなる倒壊建物のせいで出たほこりなのか、追加被害はなく、単にゴムがこすれたことによるほこりなのか、正確な情報はありません。
心理学的な観点から言うと、ハイチの生存者と人道支援チームに恐怖を与えました。
震源はポルトープランスの南西60㎞、震源の深さは10㎞でした。
一方、過去数時間の間にあちこちで生存者が発見されました。現時点(注:クワテモックさんのメールを受信したのは日本時間21日午前1:28)までに100人以上がレスキューされました。最後に助けられたのは、大聖堂の瓦礫に埋もれて
いた69歳のElena Ziziという女性と62歳のにこやかな老婦人です。


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被災地NGO恊働センター 代表
CODE海外災害援助市民センター 事務局長・理事
村井雅清(むらい・まさきよ)
e-mail:murai@code-jp.org

ハイチ地震(2)

2010年01月18日 18:07

自分の所属するMLに流れてきた情報の続きです。

ハイチ地震レポートNo.2 (1/14)

CODE海外研究員 MR,クワテモック(メキシコ在住)がハイチへ出発準備!

時間の経過と共に、ハイチ地震による甚大な被害状況が具体的になり、心が痛みます。ハイチの首都を襲い、都市機能に壊滅的なダメージを与えた今回の地震ですが、一刻も早く被災者の不安が取り除かれるように、被災地関係者のリーダーは対応して頂きたいと願うばかりです。

2001年にインド西部地震が発生したき、被害を受けたのは西部グジャラート州における半径300キロメートルにもおよぶ被害となりましたが、少し客観的に考えるとあの広いインドの国でグジャラート州以外の州は被害を受けていません。海外からの援助が充分に満たされるまでは、同じ被災国内での最低限の助け合い、支えあいは可能です。

とは言え、今回ようなハイチ地震では、首都が壊滅的になるということは想像を絶するものがありますが、被災の軽微な周辺地域推定200万人からの最低限のボランタリーな支えあい、助けあいという活動がわき上がれば、被災者の多くはとりあえずの安心感を持たれるはずです。国のリーダーは、そのように国上げての、国民レベルでの「共助」を訴える必要があるでしょう。

ところで無惨な倒壊家屋の映像は、地震後によくみる光景です。”後の祭り”だが建物に少しでも耐震の工夫があればこれほどまでの被害に及ばなかったのではないかと残念でならない。日本はじめ、これまでの経験から直ちにハイチの文化・伝統を尊重した上での住まいの耐震技術を伝えることが急がれます。
そのためにも阪神・淡路大震災を経験した私たちは、まず耐震技術の伝搬を意識しなければならないでしょう。

さて、ハイチに向けての出発準備に入ったクワテモックさんの経歴は以下に紹介していますが、1985年のメキシコ地震以来、NGOとして被災地の復興に尽力してきた方で、今も被災地における子どものケアー活動を主に展開しています。これまでにもCODEとのコラボでアルジェリア、エルサルバドルなどの災害被災地に行って貰いました。彼は、メキシコでの経験があるので、被災地に入っても支援の届きにくい地域、支援の届きにくい人たちにまず寄り添い、何が必要なのかを適切に提案して来られます。例えば9年前の昨日1月13日、エルサルバドルで地震災害があったのですが、このときは再貧困被災
生活者協同組合の立ち上げを手伝い支援を提案して来られました。とりあえず、クワテモックからの現地情報を待ちたいと思います。

クワテモック(Cuauhtmoc Abarca)

1985年9月メキシコで起きた地震以来活動しているNGO「メキシコ・トラテルロ行き、「エルサルバドル地震被災者全国組合」(UNADES)の結成を支援した。

クワテモックとの協働
1996年6月の国連人間居住会議(ハビタットⅡ)で出会う
1997年12月、フォーラム招聘のため村井・田村がメキシコ訪問
1998年1月の"市民とNGOの「防災」国際フォーラム"にパネリストとして来日
1999年8月のトルコ地震救援活動では第二陣として同行
2001年1月のエルサルバドル地震で派遣、現地NGOのプロジェクトを支援。
2002年10月のメキシコ・ハリケーンでユカタン半島に派遣、養蜂業者支援を実施
2003年5月のアルジェリア地震で現地派遣、子ども支援を実施
2005年1月のCODEシンポジウム「震災10年と市民社会」にパネリストとして来日
2004年12月のスマトラ沖地震・津波の被災地を視察し、神戸に立ち寄る

 

ハイチ地震レポートNo.3 (1/15)

前回のNO2でもお伝えしたようにCODEの海外研究員 クワテモックさん(Cuauhtmoc Abarca メキシコ在住)が1月20日~30日の予定で現地入りします。現在、首都ポルトープランス国際空港は救援機のみで商用機での入国は難しいようで隣国ドミニカからの陸路も考えていますが、メキシコにおいて渡航準備と情報収集に奔走されています。情報が入り次第、逐次お伝えします。

以下は、クワテモックさんからの情報です(1/13 12:30、日本時間1/14 5:30のメールより)。

現地国連職員の話によると、約600万人の住民が地震に遭い、少なくとも350万人が被災しています。
国政の中心地は深刻な被害を受けましたが、メキシコ在住のハイチ大使によると大統領と夫人は生存しているとのことです。
Au Prince港の中心は破壊され、何千もの建物が倒れました。その建物は、国連本部、大聖堂、行政の国立校、経済省、フランコフォニー(Francophony)大学、政府の建物、そして学校、病院とたくさんの家々です。
大司教のサージ・ミオット氏(Mr. Serge Miot)、国連職員や平和部隊(Peace Corps)からの国連の兵士、そして多くの市民と家族が亡くなりました。行方不明者には、カトリック教会のチャールズ・ベノイット神父(Mr. Charles Benoit)、国連職員、大使、そしてたくさんの人々がいます。

このようにハイチにおける政治的な機能も麻痺し、国民の95%を占めるクリスチャンの被災者の方々にとっての精神的よりどころである大聖堂も被害を受け、大司教も亡くなったようです。被災された方々の物質的、精神的な支援が求められます。(事務局)

 

ハイチ地震レポートNo.4 (1/16)

メキシコのクワテモックさんから情報です。
このレポートから被災地の過酷な状況が垣間見る事が出来ます。

ハイチは死亡した国民について涙を流し、世界はハイチ国民とともに泣いています。地震の被害は、これまで想像できたものをはるかに越えています。ポルトープランスは混沌としています。電気がなく、飲み水がありません。大型トラックは救急車になり、ドアは担架として使われ、ハイチ人は瓦礫の下に閉じ込められた人々の命を救おうと素手やハンマーを使って頑張っています。崩壊したビルから食物を運び出す人々が見られるなど、略奪が始まった。道路はどこでもキャンプのようです。

今の優先事項は生き残った人を探し、助けること、野営病院を建てること、食物や水を配布することです。ルネ・プレバル首相は、「何千人もの人々が亡くなっており、国際社会に救援を求めています」という。少しずつ状況がわかってきていま
す。ビルが倒壊しました。財務省、公共事業省、高等普通学校、通信文化省、司法公邸、国立経営大学、フランコフォニー大学機構(AUF)のカリブ海地域事務所、国会議事堂、大聖堂、クリストファーホテルにある国連ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH)の本部、世界銀行やシティバンクの事務所、国家宮殿もまた深刻な被害を受けました。
通信はまだひどく断絶しています。その上、全ての病院は破壊されたか、深刻な被害を受けました。

死亡者の中には、ハイチ人ヒップホップアーティストのジミー・オー・バンクトもいました。国連の建物の中にいた全ての人員はミッション長のHeidi Annabiを含め、死亡したと思われます。少なくとも25人の国連平和維持軍が亡くなり、23人が行方不明になっています。ブラジル人小児科医のZilde Arns、3人のカナダ人市民、George Aglandelaと彼の妻Mireille、医療使節団のオンタリオ州のYvonneMartin、2人のドミニカ人のエンジニアとあと10人が行方不明だと報告されており、他にも大勢、大勢の人が亡くなり、行方不明です。

世界はハイチの呼びかけに応え始めています。そして、世界中人々がハイチで苦しんでいる人たちを気遣っていて彼らのために何かしようとしています。

 

ハイチ地震レポートNo.5 (1/17)

西半球で最も貧しい国と言われるハイチ。地震はいつもその国、地域の根底の問題を浮き彫りにします。そしていつも子供たちや高齢者や女性にそのツケが回ってきます。現地の治安が悪化、交通事情などにより救援物資が被災者の手に届いていない状況があるようです。

クワテモックさんレポート(メキシコ時間1/15 1:00  日本時間1/15 18:00のメール)

市長の関心は、幼い子供たちや思春期ぐらいの子供たちにあります。少なくとも200万人の子供たちが、震災後、とても傷つきやすい状況に陥っています。そしてその子供たちの多くがガレキの下敷きとなって負傷していたり、行方不明になっており、私達が見たところ、その46%が18歳未満の子供たちです。

大統領は、「都市は崩壊している。その崩壊は信じがたいものである。
あなた方は自分の目で見て、そのすごさを感じて欲しい。」と言っていました。
キューバやブラジル、メキシコ、カナダ、中国、ドミニカ共和国やその他、赤十字などの子草的な支援が始まっています。

Jacmel 付近では、全体の70%が崩壊しています。
Jean-Max-Berllerive首相は、このような多くの被害者が出た原因のひとつは、貧困のためおおくの家族が、不安定な家に許容範囲の超えた人数で雑賀つしていたためであると言いました。たとえそうであっても、この地震はあまりにも大きすぎて、国際公邸や聖堂、ホテルなどの比較的しっかりとした建物も壊れてしまいました。未だ多くの人々がガレキの下敷きになっており、多くの人が路上や公園で生活しています。多くの場合、通信機能も依然として切断されたままとなっています。

 なお、以上の情報は、以下の「CODE海外災害援助市民センター」から発信されたものです。

*ハイチ地震に関するCODEからの情報は、HP(http://www.code-jp.org/)で逐次発信致します。ご覧下さい。

振込口座:郵便振替  00930-0-330579
加入者名 CODE
*通信欄に「ハイチ」と明記して下さい。
なお、皆さまから寄せられたご寄付の15%をCODEの管理運営費に使わせて頂きます。

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被災地NGO恊働センター 代表
CODE海外災害援助市民センター 事務局長・理事
村井雅清(むらい・まさきよ)
e-mail:murai@code-jp.org




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