--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

沖縄防衛局長更迭報道の不可解

2011年12月05日 18:36

同じタイトルの記事を「超左翼おじさんの挑戦」の松竹さんがブログで書かれている。
自分もほとんど同じ事を思ったが、もう一つ違和感を感じたことがあった。
それをこちらに書いておきたい。

自分はこの件の報道を知った時にとても怖いと思った。
なぜか?

記者とのオフレコ話の報道に対して、まずはそれが事実であるかどうかを確認もせず、それがあたかも事実であると前提にしたような批判報道が一気に盛り上がり、あっという間に更迭されてしまったから。

これで思ったのは、一人の記者が「こいつは気に食わん、陥れてやれ」と、非公式の発言をでっち上げたり、誇張やねじ曲げたりして報道すれば、それで社会的にその人を抹殺できてしまうってことだ。

今回のも、元発言に問題がないとは言わないが、かなりねじ曲げ&誇張されて報道されたようである。だからこんなセンセーショナルな反応を誘発したと言えるだろう。

こんな事がまかり通るようだと本当に怖いなと思う。
まずは、きちんと事実関係を確かめるという対応を、批判、非難をする前にすべきだろうと思う。
スポンサーサイト

大阪市長選で思ったこと

2011年12月02日 14:11

新しい記事を書いておかないと、コメントをいちいち承認しないと表示してくれないモードになってしまうので書いておきます。

ご存知のように、大阪市長選、府知事選のいずれも、橋下氏サイドがオール既存政党を敵に回して圧勝した。
とりわけ市長選挙では、共産も珍しく候補者擁立を取りやめてまで反橋下陣営が総がかりで戦ったが見事に敗れた。

特に気になったのが、共産を先頭に「独歳反対」を大々的に打ち出して批判攻勢を仕掛けた点。
確かに橋下のやり方は強引だが、何かを変えてくれるだろうというメッセージはとても強い。
これに対して、自らは何かを変えるというメッセージを発すること無く、単に「独裁反対」と言うだけでは、所詮変えることに反対し、既得権益を守ろうとする連中とみなされてしまったということだろうと思う。

多くの市民は、あまりにも酷い現状をなんとか変えて欲しいと願っている。
どちらも変えますというメッセージなら、どちらがどう変えようとしているのか?という中身を見てくれるが、一方が変えようと言っているのに、もう一方がそれには反対とだけ言ってるのなら、どう変えるかの中身はよくわからなくとも、変えてくれそうな方に期待するのは当然であろうと思う。

所詮「反対」や「批判」だけの主張では、広い支持を得られないというのが、当然ではあるがこの選挙で改めて確認されたことなのではないだろうか?

これは、脱原発の運動でも言えることだろう。
「御用学者」のレッテル貼り批判、瓦礫受け入れ反対運動、山下氏解任運動、小出氏の除染は所詮無理で、努力するだけ無駄発言などなども、所詮広い支持を得られていない。

反対だけでオルターネーティブ提示の努力すらしないなら、脱原発も危うくなるだろう。

共産の支持が広がらないのも同じ問題。
反対だけの政党と完全に思われちゃってますからね。
しかもこれは一部の例外を除いてほとんど事実だし…

広瀬隆氏と山下俊一氏

2011年07月09日 23:58

広瀬隆氏が山下俊一氏を告訴すると発表したらしい。

放射線に効くという味噌の詐欺まがい販売の次は、こんな売名行為かと呆れるが、これは逆に面白いと思う。
実際、広瀬氏が山下氏に科学リテラシーで勝てそうな点はただの一つも、かけらすらも見当たらない。

だから、法廷の場でどんな恥をさらすのか?
できれば傍聴してみたいな。

<追記>
どうやら、検察に告発するだけで自分で裁判をする気はないようです。
やっぱり単なる売名行為か?

ボランティアの立ち位置

2011年04月26日 10:26

ボランティアの立ち位置

「何もやることがねえ。すると余計なことを考えてしまうんだよな」と、釜石市のある地区の住民は、やや投げやりな様子で語った。

三陸沿岸部を南北に貫く国道45号線から太平洋に突き出した「半島」に分け入ると、まだまだガレキ撤去の進んでいない地域がある。道路脇に積み上げられたガレキをよけながら進んでいくと、津波に洗われたガレキ群の奥の坂の上に、無事だった民家が立ち並ぶエリアに入る。

その地区の住民たちで津波を逃れた40人が、震災の日、地元で漁師をする一軒の民家で一夜を過ごした。そこは炊き出し拠点となり、自衛隊が到着するまでの一週間、何も届かない中、住民たちは自力で生き延びた。

その一週間、住民たちは朝8時に皆で朝食をとった後、ガレキ撤去に携わり、40体の遺体を発見して、半壊したお寺の本堂に安置した。子どもが不憫だと、母親を亡くした父子家庭のためにバラックを建設もした。水道も電気も通らない中、流れ着いた風呂桶を活用した露天風呂を自前で造った。「(震災前は)むしろ、まとまりがなかった」と振り返る住民たちが結束して、窮地をしのいだ。

それから一ヶ月。救援物資が届くようになり、食事は安定した。毎日、自衛隊がガレキ撤去を進めてもいる。まだその家からは何百メートルも手前だが、たしかに少しずつ、きれいになっている。各家庭に湧き水を引っ張るパイプも通して、洗い物ができるようになった。電気もあと数日で届く。

緊急の段階は脱しつつある。しかし、住民たちの顔は浮かない。それが冒頭の一言に集約されていた。やることがない・・・。

毎日、船で海に出ることがあたりまえだった人たちが、漁に出られなくなる。重機はなく、自衛隊のガレキ撤去を見ているしかない。子どもとその親たちは、学校に通える市内の避難所に転居する。市内の建設業者がガレキ撤去を請け負った、再開発を見込んで浸水しなかった地域の地価が急騰している、という話を聞きながら、残された者たちは、焚き火を囲んで、ときどき開かれる漁業組合の会合に顔を出すが、必ずしも展望のある話が出るわけでもない。生き延びるために必死で毎日を生きているときには考えなかった、将来へのさまざまな不安が首をもたげてくる。「(子供がいなくなるってことは)誰もいなくなるってことだよ」――炊き出し拠点になっている家の主は、地区の将来をそう悲観した。 「ダンプ一台でもあれば、自分たちで片付けるんだけどな。ここに住んでいる地元の人間なんだから、一番きれいにしてみせるんだがな・・・」。急性期が終息しつつある中で、現実の生活課題が急速に頭をもたげてきている。

役割(仕事、やること)を奪われた人間は辛い。漁に出られなくなった漁師、重機やダンプがなく、自分たちで片づけが進められない住民、消防車を失った消防団は、自分たちの役割喪失に深刻に直面する。

もちろん、人生(生活)は役割(仕事)だけではない。「仕事を失っても人生があるじゃないか」と言う人もいるだろう。それは間違いではない。しかし、決定的なのは順番だ。不本意に役割(仕事)を失って深い喪失感に襲われてしまった人たちに対して、その後で、その言葉をかけても慰めにはならない。役割(仕事)を失う前に、仕事という役割を持ちながら、徐々に生活にも役割を見出し、役割喪失に直面しないまま、一つの役割から他の役割へと役割移行をしていけるならば、「そういう考え方もある」と受け入れられるかもしれない。後か前か、そこには均質な時間軸に還元できない質的な違いがある。

だからこそ、深い役割喪失感に襲われている人たちに対しては、役割を提供する必要がある。それは被災者自身によるボランティア活動を始めとして様々な形態を取りうるが、端的には「被災者雇用」という形を取るだろう。政府は4月5日、「『日本はひとつ』しごとプロジェクト」を発表し、その中で、①ガレキ撤去における地域の建設業者の受注確保推進、②被災した離職者を対象にした雇入れ助成金、③重点分野雇用創造事業における被災者雇用のメニュー(「震災対応分野」の追加)を決めた。特に③については、支援物資の仕分け・整理・梱包・配送、被災者宅の戸別訪問による安否確認など、これまで自衛隊やボランティアによって担われていた多様な分野を雇用で行えることが例示されている。自治体がメニューを活用して、地元雇用を推進することが期待される。

岩手県各地を回る中で「若いあんちゃんが、家を流され、仕事も失い、何もすることがなく、ただ炊出しを食っているだけというのはよくない」という言葉を何度も聞いた。地元の人たちは皆、心配している。それは「大変な被災者の人たちのために、自分も何かしたい」と、もどかしさを募らせる被災地外の思いとは、重なりながらも、場合によってはずれる部分もある。

外からのボランティア(支援)は、いつか去る。そのときに、地元にたくさんの役割が残っているのが良いボランティア(支援)だろう。地元にたくさんの役割(雇用)が残るボランティア(支援)をしたい。その意味で、ボランティア(支援)には、被災者・被災者コミュニティに対して、「下から、後ろから」という立ち位置を取るべきだと思う。

今回、失業した被災者は多い。その人たちの「自助」を引き出す「共助(ボランティア/支えあい)」「公助(公的雇用)」が望まれる。その意味で、「自助」と「公助」は対立するものではない。

やや投げやりだった冒頭の彼が、「しょうがねえ。やるしかねえ」と言いながら、役割と張り合いをもって日々の課題に立ち向かう日が戻ることを願っている。



以上は、内閣官房震災ボランティア連携室の室長として奮闘している湯浅誠氏の言葉です。
流石に、大事なことがよく分かっていらっしゃる。

こちらの「助け合いジャパン」のサイトには、ボランティアをする上で大事な情報が沢山掲載されています。

この連休にボランティアを考えているが、どこに連絡したら良いのかが分からない方などには、とても参考になると思います。

イニエスタのシュートをやっと観られた

2010年07月13日 17:54

選挙もWCupも終わったので息抜き。

正直スペインが勝って嬉しかったです。
オランダの汚いプレーがどうにも好きになれなかったので…
スペインはずっとフェアーで攻撃的なプレー、献身的で組織的な守備、そして圧倒的に華麗で想像力溢れるパスサッカー。

どれをとっても凄い!お見事!で、見ていて本当に楽しいサッカーをしてくれた。

4位に終わったけど、ウルグアイも素晴らしかった。ファンになりました。
スペインと共通する、フェアーで、かつ集中を切らさず、チームがコラボするプレーが光っていた。
日本が目指べき方向は、やっぱりこれなんじゃないカナ?

で、「そこシュートだろ!なんでまだ持ってくんだよ!」って、なんどもツッコミを入れることがあったイニエスタ。華麗で正確なテクニックと視野の広さは圧倒的で、あんな小柄で華奢で足もロッペンみたいに速いわけじゃないのに、トラップ一つで抜いてしまうもの凄さ、なんなんだあれは?と改めて驚愕しっぱなしだった。

体力的に欧米人に劣る日本のサッカー少年たちも、シャビやイニエスタを目標にするのがいいんじゃないだろうか?

ところが、イニエスタさんは、なぜか滅多にシュートを打ってくれない。今打てるだろ!って思う場面でも、まだスペースに切れ込もうとする。シュートよりもパスやドリブルの意識が高すぎるのだろう。

でも、さすがにあの最後のフリーの場面ではビシッっとシュートを叩き込んでくれた。
思わず、「それだよ!それが見たかったんだよ!イニエスタ~!」と叫びそうになった。(が、近所迷惑なので、頭の中だけにした)

まっ、チリ戦でも一発決めているんだけどね。

ともかく、スペインの初優勝おめでとう。
世界の誰もが優勝に相応しいと納得できる優勝チームだと思います。

なお、もっとちゃんとした解説が欲しい人は、sv400s_dracinさんちに行ってくださいね。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。