--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ノーベル賞委員会の想いに応える道

2009年12月25日 11:41

不合理聖人さんから、確かにそういう見方も当然だろうなというご意見を頂きました。
それに反論するわけではありませんが、それに応える形で、別の視点としての自分が感じた「オバマノーベル平和賞受賞」の意味について若干述べてみたいと思います。

> 結果が出ていない段階での賞の授与は双方にとって結構なプレッシャーではないでしょうか。結果を出さないことには双方が非難されるということですから。

そうなるでしょうね。
ただ私は、ノーベル賞委員会が、あえてその冒険をしてまでしたかった事への想い、願いを評価したいと思っています。

> で、今回の意味はということですが、決意表明の時点での平和賞なんて考えてみれば全く意味が無いわけで、根拠無く受賞者に丸投げか!みたいな見方もできますね。あんた次第ですよみたいなね。

今年4月のプラハでのオバマ演説は、世界の歴史のターニングポイントになりうるものであったと高く評価しています。でも、あれを本当に歴史の転換点に出来るかどうかは、我々が彼をどれだけ後ろから押してあげられるか?支えてあげられるか?に掛かっていると考えています。彼の動きを邪魔する力と我々が押す力とのどちらが強いか次第であるのだろうと私は考えます。

そして、こちらの「世界がオバマ氏を助ける必要」があるとした、ノーベル賞委員会のヤーグラン委員長が、朝日新聞のインタビューに応じた内容から、同様の事をノーベル賞委員会は考えていた事が分かります。

――今年のノーベル平和賞には世界が驚きました。

 米国大統領を選べば論争になると分かっていた。しかし、オバマ氏は世界の問題の解決に新しい道筋を示した。それを支持したかった。

 ――「早過ぎる」という批判がありました。

 授賞を2、3年後に延ばせば手遅れになる。オバマ氏一人ですべての事ができるわけではない。世界のすべての人が助けなければならない。

 ノーベルの遺志では、その1年間にもっとも平和に貢献した人に賞が贈られる。それはオバマ氏だ。「オバマ氏は言葉だけだ」と言う人もいるが、言葉を過小評価してはいけない。言葉は時に危険だが、時に人に希望を与え、その希望が物事を良い方向に変える。

<中略>

 ――ほかに懸念材料は。

 現職の米大統領に与えることも懸念した。しかし、論争にもならない人ばかりに授与すれば賞の価値は減じる。過去、最も賛否が分かれた授賞が最も成功している。ソ連のゴルバチョフ大統領への時は「委員会は狂った」と非難されたが、我々は正しかった。

 ――平和賞の授賞式がある12月10日は、地球温暖化の国際交渉や米ロ核軍縮交渉が佳境の時期です。

 もちろん、それは意識していた。二つの交渉が頓挫することは大問題だ。オバマ氏は二つの問題に対して具体的な提言を行っており、それを我々は支持したかった。 

私は、このノーベル賞委員会の想いには強い共感を覚え、その決断を支持しています。

> 結果、ノーベル平和賞の根拠がますます希薄になるようないやな予感がしております。

私は、まさにそれこそ、我々次第なんじゃないか?と思うのですね。
ノーベル賞委員会の想いに応えて、どれだけ我々もオバマの提言の実現を支え、後押しできるか?に掛かっているとね。

例えば核廃絶問題では、来年5月のNPT再検討会議に、どれだけ国際世論が核廃絶を求めているのか?オバマの提言を支持しているのか?を具体的に示す必要がありますが、このために我々にも出来る事があります。

例えばこの署名です。

このように、オバマ氏へのノーベル平和賞を生かすも殺すも、実は我々次第なんだろうと思うのです。
そして、少しでも歴史を前向きに変えられるよう、署名を集める程度の微力だけれど、自分に出来る応援をしていきたいと考えておるのです。

スポンサーサイト



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。